ロンドンタイムズの汚点

精訳「日本人が変えた未開の島―台湾」―台湾でも話題となった百年前のニューヨーク・タイムズ記事(付:チャンネル桜の解説番組動画)というのを読んだ。多分元記事はロンドンタイムズ。

さて、この記事を史学者は引用する文献だと判断するだろうか?おそらくそのような研究者はいないだろう。直接当たれるもっと有益な資料がある上に、文章がひどい。

具体的に指摘しよう。

如何なる事業においても、成功するには、生来の能力、綿密な対応そして経験の3要素が必要である。植民地経営の事業もこの例外ではない。ドイツは綿密な対応にも拘わらず、生来の能力不足からか或いは経験不足からか、植民地経営の試みに失敗した。

しかし、ドイツの不成功の原因として最も考えられるのは、如何なる事業でも最初の試みは通常は失敗に終わるということであろう。

当てこすりは結構だが、ドイツが失敗したのはどこなのかわからない。まぁこの10年後にドイツ領東アフリカや、中国の青島は没収されるが。

この理由から、植民地化という日本の最初の試みは格別に興味深い。特に、正確にはいわゆる最初の日本の植民地である台湾島には、過去、他の国々が克服できないように見えた植民地化上の困難があったからである。台湾島は、シナやその他様々な国からの無法者がずっと好んで跋扈しており又、野蛮さ、無法性の人口比率がかなり高い為に、数度も侵略されながらも植民地化されたことはなかった。

これは渡海を禁じたために、移民が海賊的な人間がほとんどであったと言う史実に基づいてはいるが、1885年あたりから渡航は解禁されており、洋務派が手を入れていることを無視した文章だろう。

シナは島を事実上の荒れ地に放置し、フランスや英国は、容易にこの地を取得できたであろうが、好んでこの蛮地の内部に足を踏み入れることはなかった。

アロー戦争や清仏戦争清朝が抵抗したという事実をまったく無視している。

未開原住民の懐柔・開化

そこで、1894〜1895年の日清戦争終結後に日本が台湾を要求した際、シナは日本への台湾割譲を喜ばないまでも快くそれに応じた。李鴻章は、「日本はその内に“この島はとんでもない悪い買い物であった”と気付くであろう」と、皮肉っぽく論評した。

(註:清とは清朝で、女真族満州族の王朝である。この王朝では漢民族つまりシナ人は被征服者であった。)

李鴻章の言葉は、三国干渉を予言した言葉だろうと思うが、そもそもこれはなにを出典としているのだろう?快く応じたという歴史的な証拠は一つもないぞ。

日本が台湾に入った時、沿岸は海賊のなすがままの状態であった。奥地の一部は野蛮な原住民によって、一部は難破船を分捕りそして島に辿り着いた船員を殺害した無法者や盗賊の集団によって支配されていた。台湾がシナ領であった間、このような外国船船員に対する殺戮攻撃が原因の騒擾が米国や他の国々との間に屡々生じた。

海賊のせいにされている部分は、台湾原住民の行動を含む。まさかアロー戦争や清仏戦争まで海賊のせいにしているのか?対象としている時代がいい加減でさっぱりわからない。

この島の征服には1年を要した。1896年3月31日に台湾は文民行政下に置かれた。しかし、先のシナ時代の同島管轄者である武官や官僚がその地位を追われることを恐れ、同島の無法集団と手を結び、新しい支配者に対する反乱を扇動したことから、軍の掃討活動によって遂に反乱分子を一掃した1901年末まで、同島は常に不安定且つ混乱した状態が続いた。

えー、あー、年号がぐちゃぐちゃで話になりません。

まぁこれくらいでいいか。とりあえず史料として三流以下かな。よくこれをドヤ顔で威張るよねぇ。こんな史料価値の低いものを引用する研究者がいるわけないじゃん。タイムズだってダメ記事があるという議論以外で。