平埔族の行方
馬渕悟のアミ族の婚姻関係についてのエッセイを読んだ。
アミ族とは台湾原住民の一つのことで、古い区分だと高砂族にあたる。馬渕によればアミ族は妻方居住の母系制度だという。これを読んで、台独派の怪電波「台湾人の85%は漢人を詐称した原住民」の中身の一端がわかった気がするのでここで書いておきたい。
人類学では母系/父系だけでなく*1、夫/妻のどちらに居住するかを記述するのが常識である。そうでないと親族内の権力関係が分からなくなるからなのだが、実はもう一つ、近隣他民族との通婚において結構重要なポイントとなる。
前述の怪電波をもう少し引用しよう。
最新の人類学と遺伝子研究によると、戦前からの台湾住民は、漢民族ではなく、越族と原住民との混血民族である。台湾人が台湾原住民の子孫であることは、科学的に立証されているのだ。しかし、台湾政府の人口統計に「原住民」の項目があるが、台湾総人口の約百分の二で、約四十万人となっている。統計上の原住民に属する台湾人とは、厳密に言えば、「もっとも純血で、外来民族と混血していない民族」のことなのだ。。台湾の南部、東部から出土した遺跡によると、原住民は一万年以上前から台湾で生活しており、部落ごとに特有の文化を持っていた。
戦後、国民党は学校教育で、十八世紀の乾隆帝時代、数十万人規模の漢人移民が台湾へ押し寄せたと教えてきたが、それは台湾人の中国人化政策のなせる歴史捏造だった。記録を正しく読めば、数十万人規模の原住民が当時漢化させられたのである。
ちなみに台湾人にはホーロー語を話すホーロー人と客家語を話す客家人に分けられるが、これは中国のホーロー語と客家語を押し付けられた原住民の子孫と言うことになる。
二人共、民族というのは結局自称でしか考えられないという常識がゴッソリ欠けた不見識としか言いようがない言説である。
また永山は原住民と漢人(を実際に自称していた福建・広東出身者)のカップルと密入国組が、台湾漢人の先祖という通説をまったく無視して、科学論文を非科学的に読むという暴挙で、男しか来ていないし、婚姻を禁じたから漢人の祖先は血統が途絶えたのだというが、相当偏った文献しか読んでいないらしい。
さて、 周婉窈著の『図説 台湾の歴史 』によれば、以下のような人口増加があったという。
年代 | 統治者 | 漢人 | 原住民 |
---|---|---|---|
1638 | オランダ | 11 | ? |
1662 | 鄭氏 | 120~200 | 100~120 |
1906 | 日本 | 2900 | 113(平埔族除く) |
(人口の単位は(1000人))
正直鄭氏時代の原住民の数は相当怪しいので、話半分だと思うが統計的にある程度処理をしたのだろうからある程度信用しよう。250年間のうちに漢人の人口が15倍になったのは正直信じられないが、土地の生産力が半端ではないのでそこまでありえないことではない。
どうやら不断の密入国と、清朝末期の移民解禁が人口増の原因のようなのだが、正直原住民の人口がおかしい。何が起きたのだろうか?
このヒントが、漢人が夫方居住の父系社会と、一部の原住民の妻方居住の母系社会の通婚だ、というのが私の仮説である。
さて、漢人と原住民が通婚すると、その子供は何人になるだろうか。通説にあるように、多くは性比偏重社会である漢人社会に、原住民の女性が入るという形になるのが一般的だろう。この場合、たとえ嫁入りした女性の出自社会が母系であっても、子供は正しく「漢人」と「原住民」の二つの氏族名を両方共継承するが、漢語をネイティブとする宿命に生きるしかない。
となると問題は孫世代の氏族継承次第で、民族の構成員数に変更が生じる。おそらく漢語社会で育った孫は性別関係なく漢人であることを逃れられない。
こうして原住民は正式に漢人という民族自称を手にすることになる。決して、勝手に漢人を詐称したわけではない。親族システムの帰結として、漢人になってしまうのである。
きちんと台湾原住民の親族システムの全台的な分布を比べたわけではないが、高山族中最大の人口を維持する妻方居住の母系民族であるアミ族が、台東の平地に残っているというのは、西から移民してきた漢人が東に到達していないために、同化されなかったのだろう。
ところで、平埔族が漢人を自称したのは、原住民に課せられた不当に重い税制度のせいだ、という妄言もアルが、これは税の支払いのために鹿狩りをしていた平埔族が、漢人に自分たちの土地を貸し与えて開拓させてしまった結果、鹿が激減し、自ら狩猟採集ではなく農作物による納税に切り替えた結果、文化的に漢人と近接した、という言説を誤解しただけではないか?
参考
- 作者: 周婉窈,濱島敦俊,石川豪,中西美貴
- 出版社/メーカー: 平凡社
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- 作者: 笠原政治,植野弘子
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*1:実際には双系だったり、半族システムを採用していたりいろいろなのだが