抗マラリア剤耐性原虫とつきあう時代

 一部の熱帯地域や亜熱帯地域からの帰国者が持ち帰った例外をのぞき、現在日本にはマラリアは存在しない。そのために日本人にとってマラリアとは、WHOの発表による年間100万人以上の病死者をもたらす恐ろしい熱帯の病気というイメージではないだろうか。
 しかし歴史をひも解き、また世界に目をやると、マラリアは熱帯病であるという認識は間違いであることが分かる。もちろん猖獗地は南部アフリカの熱帯域であることにかわりはないが、マラリアを媒介するハマダラカ属は、現在も日本に生息しているし、過去に流行していたことも確かである。
 その一方で、マラリアは恐ろしい病気であるが、長年の研究によって多くの抗マラリア剤が開発されている。薬によっては5日間飲みつづけないといけないなどの制約があるものの、速やかに服用すれば命を失う危険性は少ない。熟練した医師が診断すれば、一瞥で普通の風邪であるかマラリアであるかがわかる。
 しかし、抗マラリア剤には、既に耐性を持った原虫がいることが知られている。以下が主要な抗マラリア剤と耐性原虫の有無である

マラリア成分 代表的な商品名 耐性原虫 副作用 備考
キニーネ いろいろ あり 頭痛やめまい、吐き気や嘔吐、食欲不振、発疹 混合治療でよく使われるが若干有効性が下がっている
クロロキン(Chloroquine) アラレン、アブロクロール あり 胃腸障害(悪心、嘔吐、腹痛など)頭痛、めまいなど 有効性の低下で有名
メフロキン(Mefloquine) メファキン、ラリアム、アラレン あり 胃腸障害(悪心、嘔吐、腹痛など)めまい、平衡感覚障害。幻視 まだ耐性原虫は少ない。副作用が強いことで知られている
アトバコン/プログアニル合剤(Atovaquone/proguanil) マラロン なし 副作用は小さい。胃腸障害(腹痛、悪心、嘔吐、下痢、食欲不振)、頭痛、脱力感、めまい 体重100kg以上だと問題がある
ドキシサイクリン(Doxycycline) ビブラマイシン 不明 小さい キニーネなどと併用される
アルテミシニン誘導体 アリネート、コアルテム、リアメ、アラキシン、コテキシン、アルテキン あり 副作用は小さい WHOはアルテミシニン・ベース混合療法(ACTs)を推進していた
スルファドキシン−ピリメタミン合剤 ファンシダール あり 肝臓障害、血液障害、肺の異常、皮膚症状 最終手段

マラロンは近年開発されたばかりであり、まだ値段も高く、マラリア発生地での服用が少なく、耐性原虫も少ないと言われている。
逆にアルテミシニン系の薬は非常に安価に販売され、また耐性原虫がいなかったので、副作用も小さいACTsをWHOは推進していた。しかし、先日AFPが既存薬が効かないマラリア原虫が出現、タイ・カンボジア国境と伝えたように耐性原虫が現れてしまった。リチャード・フィーチャム世界基金事務局長が講演で話した4つの対策の1つが崩されたと言っていいだろう。

では他にマラリア対策はないのだろうか。フィーチャムは講演で4つあると指摘している。残りの3つは、

  1. 殺虫剤入りの蚊帳
  2. ワクチン
  3. 不妊虫放飼法

である。

このうち殺虫剤入りの蚊帳は住友化学が開発し、その成果や効能が大々的に宣伝されている。殺虫剤として利用されるペルメトリンは、昆虫にたいしては毒性が強いが、レセプターの関係で哺乳類に対しては弱毒であることから比較的安全な薬品である。

しかし生態学的にはいくつか問題が指摘できる。

  1. 蚊の多くは虫媒花の繁殖に欠かせない送粉者として生態系の中で重要な役割を担っている。残念ながら生態系に対するインパクトが提示されていない。
  2. 薬剤耐性蚊のデメリットが公示されているのかどうか

同様のことは不妊虫放飼法にも言えるのだが、この手の害虫対策は失敗した場合には問題が指摘されるが、害虫対策自体が成功した場合の環境アセスメントが出てこないという側面があり非常に不安だ。