山極寿一インタビューについて色々突っ込んでみる

著書「暴力はどこからきたのか」はなかなか手堅くまとまっていたので期待したら、何か酷いことになっていたので突っ込んでみる。

暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る (NHKブックス)

暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る (NHKブックス)

コミュニケーション手段としての性
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人類学者などの報告から、現在ではインセスト・タブー(近親間の性交渉の禁止)の有無が、「文化」と「自然状態」を分ける制度だと認識されていますね。
山極
たとえば、裸のままか衣服を着るかに生物的な意味はありませんが、服を着ないと問題が生じるようになったのは、文化が生まれたからです。インセスト・タブーは、性を隠すことで初めて成立しますが、まさに文化の問題といえます。

 親子で性交渉すれば、遺伝的に劣性の子どもが生まれるかもしれません。しかし、従兄弟や叔父と姪、叔母と甥との間では、大きな障害はないはず。

 ただ、それが禁止されたのは、公の場で性交渉をすると支障を来すからです。いわば人が裸であるのと同じ状態で、社会性を保てなくなる。親子関係あるいは兄妹、姉弟関係と性関係を両立させないのが家族をつくる原則です。

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インセスト・タブーが制度化されたのは、家族はサバイバルの単位である以上、家族内で性の競合関係が発生すると、生存を脅かすリスクが高まるからですか?
山極
そうです。家族は、性関係と親子関係で組み立てられている集団です。どちらも搾取を許しあう関係ですが、親子関係は生まれつき決まっているのに、性関係は変更可能です。そのため、性に関するルールがなければ、混乱が生じ葛藤を高めてしまう。家族の中で複数の異性が共存するために、インセスト・タブーは不可欠の規範なのです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090204/184990/

これはひどい。インタビュアーが。

そもそもヨーロッパの動物像は、近親交配が普通である家畜(山羊・羊・牛etc)がモデルになっていて、レヴィ=ストロースが動物と異なる人間の特徴としてインセスト・タブーを贈与論の中で持ってきたと言う人類学史的経緯と、動物園の猿山で個体識別をして調査してい徳田喜三郎が、サルが近親交配の回避(インセスト・アボイダンス)をしていることを発見したという話をまずはするべき。言語化された外婚制度以前から存在する群れ更新のシステムがあって、(おそらく)言語の誕生に伴いインセストタブーが誕生したというのが、よっぽど不勉強な文化人類学者を除いて共有されている、アカデミックな常識。

そもそも山極氏第五回シンポジウム「近親性交とその禁忌」 インセストの回避がつくる社会関係という発表をしてるじゃないか。インタビュアーのふりが悪いだけでは済まないだろ。

ウェスターマークを引っ張るのもいいけど、それが禁止されたのは、公の場で性交渉をすると支障を来すからです。というのは、普通に事実と違う。従兄弟や叔父と姪、叔母と甥との間の婚姻は認められている”場合”もある。実際には性が秘匿されることによって、破られる可能性のあるものとしてのタブーが観察されているということの方が正しい

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話を整理しますと、大きな集団を遍歴するようになった人間は、誰とでも性交渉が可能になった。そこで起きる性の葛藤を抑えるため、男女が共存する仕組みである家族をつくり、夫婦という関係性以外の異性間の性交渉を禁止したというわけですね。
山極
ええ、そうです。霊長類の集団では、親子の性交渉は避けられても、その他とはおおっぴらに交尾していい。むしろ、公開されるからこそ社会関係に沿って異性間の組み合わせができるので、混乱は生じない。それは人間社会と違い、個人が集団遍歴をしない閉じた社会だからできることです。
人間は集団を遍歴し、集団外の他者とも常に性関係を持つことが可能になりました。それは人間社会の中で、性が大きなコミュニケーション手段になったからだといえます。

これは重要な指摘だが著書を読んでいないインタビュー読者置いてきぼりのまとめ。

おそらく、山極氏は婚出先が集団内に限定されている状況が、人の進化史の中であったことを仮定しているのだと思われるのだがちょっと疑問。ゴリラのような双系、チンパンジーのような父系を祖先種に仮定すると、全てではないにしろ個体は集団間を移動し、通常はインセストが起きない。ウェスターマークを引くにするにせよ、近縁種は群内部で性と繁殖を完結させているわけではない。

もうちょっと整理すると、山極仮説には次の条件が必要

  1. 祖先種の婚出システム(双系か父系)が不可能な状況=近接集団の消滅か集団の孤立化
  2. ハーレムが移動ユニットの単位であり、それを統合するバンドが成立する離合集散システム

でもこれだと矛盾があって綺麗ではない。

おそらく以下のような前家族的システムがあって、

  1. チンパンジー型の母子関係を軸にした離合集散
  2. オスの連合による父系的システム
  3. man tha hanted(参考:ヒトは食べられて進化した)を前提に、対捕食者としてオスが付随する

環境変動か何かで

  • 祖先種の婚出システム(双系か父系)が不可能な状況=近接集団の消滅か集団の孤立化

が存在していた時期があることで家族とインセスト・タブーが誕生したと見なしているのかな。後で家族の起源―父性の登場を読んでみよう。

親しいからこそ性行為を求めない
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人間にとっての性は、生殖をいちばんの目的とするのではなく、コミュニケーション自体を目的とする手段になったということですか?
山極
そういえるかもしれません。売買春が存在するのは、性が安易なコミュニケーション手段にもなりえるからです。人間の幻想の中で大きいのは、「セックスをすると仲良くなれる」というものです。霊長類の場合、性交をしても仲良くなりませんし、仲良くなるためにしているわけでもありません。
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だとすると、動物はなんのためにセックスするのでしょうか?
山極
ただ性欲を満たすためです。セックスすること自体が目的なのです。ニホンザルもゴリラも交尾をしたからといって、その異性間に特別な絆が生まれるわけではありません。
 むしろ絆のある雄雌は、性交しないことが多い。嵐山のニホンザルの行動から発見されたのは、発情期に特定の雄と雌はペアになり、そのうち雌は交尾した雄を利用し、餌を取るようになります。非交尾期になっても、雌がその雄の後をついて歩くようになりますが、そういう仲良くなったペアは交尾しなくなります。
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ということは、親密さや愛着が性交渉を回避させているというわけですか?
山極
そうなりますね。バーバリマカクやゴリラの雄は、自分の子でない特定の雌の子どもを世話することがあります。この二者は、実の親子でなくても交尾を避けあうのです。生まれてから子どもが育つ間に生じた何らかの親密な関係性が性交渉を防ぐ結果になっているようです。
 これは人間にも当てはまるようです。19世紀末、社会学者のエドワード・ウェスターマークが「未開」民族を研究したところ、親子を含め幼児期に親しくなった異性同士は、性交渉を避けあう関係になると報告しています。

著作ではきちんと触れていたボノボの話はカット。尹氏のインタビュアーとしての技量が。。
もっとも、ゴリラやチンパンジー型のコミュニティが共通祖先の社会構造という仮定をとるのだとしたら、ボノボの性関係は相似だと見なしてふれなくてもいいか。
続く。