国民

前文に「歴史と国民性」明確化 自民、新憲法で中間集約
美しく、正しい日本語吹き出したくなるのはいかんのかな。文語体とか講談調とかになったら笑えるわけだが。
イデオロギー的に国民性というものがあるという思想自体悪趣味な感じがするのだが、どうなんだろう。一般的によほど特殊な建国事情*1がない限り、複数のエスニックグループが混在するのは当たり前の話で、日本でも江戸・明治期の影響でアイヌと沖縄を併合しているし、日韓併合以降朝鮮族もかなり入ってきているわけで、エスニックグループという概念とは別のところに国民性を求めるのか、そもそも複数いるという事実自体に目をつぶるのか非常に気になるところだ。
もっとも、そこら辺を気にして議論出来るような繊細さを持ち合わせていたら、国民性という言葉を使う気にならないか。国家自体が人(民族)よりも領地に依存的で、人は土地よりも生活に依存しがちであるという二重性をもう少し注意を払って欲しいなぁ。

*1:よほど小さい国土とか、異民族排除の歴史があれば別