ダーウィンの悪夢を見る予定の人/見た人に読んで欲しい6つの事柄+1

  1. タンザニアは飢饉に困っていません
  2. ムワンザはタンザニアにおける人口第二の都市
  3. エイズビクトリア湖の問題ではなくて世界的な問題
  4. タンザニア政府は抗議声明
  5. シクリッドは絶滅していません
  6. ドキュメンタリー作品なので、作者の主観が入っています
  7. 知人「私の知ってるムワンザじゃない(怒)!!」だそうです

ということを以下につらつらと書いていきます

1.タンザニアとはどんな国か

どうやら全国公開が決定したらしいダーウィンの悪夢ですが、最近先行公開があったのでしょうか。ちらほら感想を目にする機会が増えました。どうも妙な流れになっている気がして仕方ないのでアンチダーウィンの悪夢派?を立ち上げるべく、エントリーを書いてみます。
肝心の日本版公式サイトはcoming soonになっているので,日本語の引用はかつてNHK BSで放送されたときのものを利用したいと思います。

人口約3500万人のうち200万人あまりが食糧不足に苦しむといわれるアフリカ・タンザニア共和国。その北部に広がる世界第3位の湖・ビクトリア湖からは連日、白身魚ナイルパーチの切り身が冷凍食材としてヨーロッパ・日本にむけ大型ジェット輸送機で輸出されている。しかし、この食料輸出は一部の人を潤すだけで飢餓・貧困・HIV感染のまん延・武力紛争の続発といったアフリカのかかえる問題を解決する糸口になっていない。魚の加工工場と空港がある湖畔の町・ムワンベにカメラを据え工場主・漁師・輸送機パイロット・ストリートチルドレンなどさまざまな人々を見つめることでアフリカの構造的な貧困問題を浮き彫りにする。

Darwin’s Nightmare(原題)
制作:仏・オーストリア・ベルギー/2004年

公開後何度もこの文章が引用されることになるとは思いますが、個人的に微妙です。
つまんないところから行くと、タンザニアの正式名称はタンザニア連合共和国です。もともと1890年からイギリスの保護領であったザンジバル島と、1919年第一次世界大戦の結果ドイツ領からイギリス領になったタンガニイカが合併することによって成立したのが、タンザニア連合共和国です。現在タンザニアはアフリカ諸国のなかでも政情が最も安定している国の一つですが、建国の由来からザンジバル島と本土の支持層が異なり度々問題が起きています。
外務省のタンザニアに対する渡航情報(危険情報)の発出を見れば分かりますが、この国の問題の半分は連合共和国であることに由来します。
タンザニアは世界でも貧しい国の一つですが、基本的に飢えた国ではありません。平年国外に輸出できるだけの農業に適した地力があり、日本等からの技術移入があり、滅多に飢饉になることがありません。
ただし流通が発達しておらず、内陸部の乾燥地帯が時折干ばつや病害虫による飢饉になったときに、キリマンジェロコーヒーなどで有名な北部域で生産された食料が国内消費に回されないことがあります。ウガンダケニアなどの地域にまわされることによって、人為的な飢饉が形成されます。

2.経済的側面

先に述べたようにムワンザはタンザニア第二の都市です。現在人口50万人の都市であり、手元に人口の推移を示す資料がない*1けれど、都市と言えるだけの程度には大きいでしょう。
もともと、タンザニア最大のスクマ族の中心地として綿花産業などで栄えた街が、1950年代にイギリス統治時代の水産局の人間によって導入されたナイルパーチ産業の活性化によって作られた30万人の雇用によって大きくなったという事実を忘れてはいけないません。
また、ナイルパーチタンザニア人の庶民の口に入らないという事実を問題視する向きもありますが、タンザニア在住の人間によるとそうでもなく、東南アジアにおけるエビの養殖と同一視するのは厳しいのではないでしょうか。確かに高品質の切り身は輸出に回されるけれど、これは日本産の高級干し鮑のほとんどが中国に輸出されていることの方が近いと思います。
実際には漁師たちはもちろん、普通の人たちの食卓にもそれなりにまわっているようです
さらにいえば、エイズや内戦のようなもっと規模の大きい問題に対して、国民総所得(GNI)115億(2004年)ドル、一人当たり330ドルの国の一産業に負わせるのはどうなんでしょう。例えば隣国の経済状況を見てください。以下単位は米ドルです。

東アフリカ諸国のGNI(2004)
国名GNIGNI/人
タンザニア115億330
ケニア150億460
ウガンダ69億270
ルワンダ19億220米
マラウィ19億170
モザンビーク47億250
このように貧しい国々に囲まれつつも、比較的恵まれた状況にあると言えないでしょうか。ナイルパーチが全てを担っているわけではないけれど重要な産業なのです。

3.政治的な問題

私がこの映画を知ったのは、JATAtoursのダルエスサラーム便りをたまたま見たからでした。この根本さんという方は、テレビ朝日素敵な宇宙船地球号「外来魚は警告する Vol.1」 〜巨大魚が食べ尽くした湖〜の手伝いをするために、取材用の認可を各機関からとる手続きをされたそうです。

根本氏はNo.49でどうも担当大臣、大統領レベルの政治問題化しているようだ。現にムワンザの水産研究所の夜警は解雇されていたし、その夜警を撮影クルーに紹介したスタッフも解雇されたと聞いた。皆責任を追求されることを恐れ、関わりを避ける雰囲気が感じられた。と述べていますが、タンザニア政府は、最近映画の制作スタッフに対して公式に抗議をしたようです。
「タンザニアを悩ませるダーウィンの悪夢」  AFPから、両者の主張を引用します。

The east African nation says producer and director Hubert Sauper has unfairly disparaged it by claiming that Tanzania is a transit point for weapons that have fuelled a plethora of bloody civil wars in neighboring countries.
(プロデューサー兼ディレクターであるフーベルト・ザウパーは、タンザニアが近隣諸国の内乱に使われる兵器などの中継地点であると主張していて、不公平であるとタンザニア政府は言う。)

And it wants a retraction from Sauper, who is fighting back, claiming his crew and Tanzanian participants in the film have been intimidated, accusations that now threaten to spark a diplomatic row.
(そしてタンザニアはザウパーとそのスタッフに、彼の作品が今や外向的な問題を引き起こししているということに基づき撤回をを求めている。)

"The Tanzanian government has decided to put pressure on everyone who participated in my film," Sauper, an Austrian who lives in Paris, told AFP last week, denouncing "authoritarian methods of another age".
(「タンザニア政府は私の映画に関わる全ての人に圧力をかけることを決定した」と現在パリに住むザウパーは、先週AFPに語った。「独裁者の考えだ」)

"This is an unacceptable campaign of intimidation to kill freedom of expression, to put pressure on those who could want to testify again, and to ensure there is no more of this kind of journalism," he said.
(「これは表現の自由を殺す受け入れがたいキャンペーンだ。これに従えば再検証すると言った、ジャーナリズムはもはや成立しない」と彼は語る。)

どうやらお決まりのアフリカ人は表現の自由が分かっていない論争にもつれ込みそうで、暗鬱な気分になります。
現実にはナイルパーチ産業がタンザニアの外貨獲得に大きな役割を果たしており、妙なアンチグローバリズム不買運動とかされたら辛抱たまらんということなのでしょう。

4.生態学的な問題

ナイルパーチによってダーウィンの方舟と言われたビクトリア湖のシクリッド数百種が絶滅した、とセンセーショナルに言われていますが、近年新発見と絶滅していたと思われていた種が何種か、生き延びていたことが確認されています。
また、

 映画で主要舞台の一つであったタンザニア水産研究所のムワンザ支所は、定期的に(年に4回ほど)調査トロール漁を行っており、その漁獲内容の分析記録がある。この記録は未発表のもので、特別に見せていただいたものだからそのまま公表は出来ないものだが、そのデータでは2003年から2005年にかけて、漁獲に占めるナイルパーチの比重が減り、他の魚種が増えている。1998年には91%ほどを占めていたナイルパーチは2005年には69%程度まで落ち、代わって増えてきているのは絶滅を危惧されていたシクリッドである。これはもちろん季節変動はあるので、断定的には言えないのだが、シクリッドがなんらかの生存のための適応戦略を発達させたと理解できなくもない。ともあれ、ナイルパーチの漁獲高は減少気味で、個体も小型化していることは間違いない。また今年2月にナイルパーチの漁の取材をした漁村では、ダガー漁も盛んだったが、昼間浜辺で天日に干されているダガーを良く見ると、9割方フルと呼ばれる小型のシクリッドだった。

などのように新たな傾向があるようです。これは映画の撮影後の傾向であり、撮影スタッフをせめるわけではありませんが、今から映画を見る人間は心にとめておいた方がよいと思います。
生態学的には、圧倒的なタカ派戦略の優勢が結果的にハト派の生存の余地を作り出したと言うことなのでしょうか。今後の分析を待ちたいところです。

5.ドキュメンタリーですから

先日公開され話題になったホテル・ルワンダもそうですが、ドキュメンタリー作品というものは別に事実を並べたものではありません。あくまで制作者が主張したい事柄を表現するために、意図的に取捨選択し、並べ替えたものです。
作中には売春婦がたまり、ストリートチルドレンがあふれていますが、実はタンザニアは他のアフリカ諸国に比べて売春婦も少ない方ですし、子供たちもそこそこなんとかやっているように見えます。
なぜかというと難しいところですが、街で働いている男たちが乞食に百シリングを与えている場面を目にすることは珍しくありません。イスラムの教えの為なのでしょうか。タンザニアは日本以上の格差社会ですが、小銭を渡すだけの余裕がある人もそれなりにいますし、そういった人が店で食べることを厭いませんし、若干サービスもするようです。
ムワンザを中心地とするスクマ族は、タンザニアでも男性の結婚適齢期が高く30歳前後でも普通のようです。そういった土地柄に出稼ぎの男たちが集まれば、売春婦が出てくるのも仕方ないのかも知れません。


それにしても夜警が一晩一ドルってのは、サボりまくり内職しまくりのあの人たちを考えると、ゆーほど安くはないのですよ。一日二ドルあればお酒が飲めて楽しい場所だし。*2
またタンザニア人は日本人と日本が大好きです。ジャポニカ米を自家消費して日本風に炊いている人たちを、暗黒大陸土人なんて思わないでくださいね。

参考2

一番中立的に書かれていると思う。大変参考になりました。

普段と文体が違いすぎる(汗
ダーウィンの悪夢が公式サイトなんだろうか。あと、水質問題は現地でも問題になっているし、漁業ではなく金鉱山の開発が原因だろうと言われている。

*1:タンザニアはネット上に資料を公開していることが多いので、見つけたらそのうち載せます

*2:最低限の生活費は1ドル50セントもあればいける。